2017年6月20日火曜日

大田区の伝統野菜 馬込半白節成きゅうりの栽培



 今年度も、馬込(まごめ)半白(はんじろ)節成(ふしなり)きゅうりを、
栽培委員会の児童が栽培しています。

 馬込半白節成きゅうりは、大田区に伝わる伝統野菜です。大田区馬込の農家の方が、苗を守ってくださっています。
 実るきゅうりは、その名の通り、半分緑色、半分白っぽい薄い緑色になります。


◎馬込半白節成きゅうりとは?
(以下、大田区ホームページより抜粋)
 馬込地区で栽培されているキュウリの中で「馬込半白節成胡瓜」(まごめはんじろふしなりきゅうり)(以下「半白胡瓜」)と称される品種は、明治30年代(1895)から昭和30年(1955)ころまで栽培されていました。このキュウリの名称は、「馬込」で特産される「半白」―もと(ヘタ)の部分は緑色でその下が色白で、「節成」―茎の節ごとに実が成る「胡瓜」ということで名づけられました。
 この、半白胡瓜は名のとおり、ほとんど白く、一般の青胡瓜に比べ柔らかく、好んで食されていましたが、日持ちが悪く、白いところが黄色く変色してしまうので、消費地に近い近郊農村であった馬込などがその生産地となっていました。

 半白胡瓜の起源は『東京府の産業農業』(東京府1929)によると、明治初年に南葛飾郡砂町の青節成の種から偶然に一変種を発見し、改良を加えて完成したという説があると記載されています。馬込が半白胡瓜の特産地となったのは、それまでの特産地であった大井町付近が宅地化したため、その周囲に産地が移動したのが契機でした。そして、明治末から大正にかけ、キュウリ栽培にたけた篤農家が現れ、キュウリの収穫の一方、種を採り販売も行いました、この品質保持や改良により、種は地方へも発送され、温暖な各地で栽培され、「馬込半白」の名を有名にしました。また、支柱を立てて育てる方法、支柱栽培も開発され、これも各地へ広まりました。
 戦後になり、流通のため、変質しにくい店持ちのする品種が好まれるようになり、また、都市化により農地が減少し、衰退していきました。